人に気をつかえば疲れるし、自分を通せば角が立つ。どこへ行っても、なんだか生きにくい。そんなふうに感じたことがあるなら、夏目漱石の言葉がきっと近くに感じられるはずです。
夏目漱石(1867~1916年)は、『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』などで知られる明治・大正期の小説家です。英文学を学び、イギリス留学を経て大学で教えたのち、朝日新聞社に入社して職業作家となりました。作品の中の言葉だけでなく、講演や、若い作家に送った手紙にも、今読んでもはっとさせられる言葉が数多く残っています。
ここでは、小説『草枕』『こころ』、講演『私の個人主義』、そして芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙から、漱石の名言を紹介します。
夏目漱石の名言集
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
-夏目漱石
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出典:『草枕』一
「山路を登りながら、こう考えた。」に続く、日本文学で最も有名な書き出しのひとつです。理屈で割り切ろうとすれば人とぶつかり、情に流されれば自分を見失い、意地を張れば窮屈になる、という意味です。
よく「とかくこの世は住みにくい」と引用されますが、原文は「とかくに人の世は住みにくい」です。また「棹さす」は、棹を使って舟を進めることで、流れに逆らうという意味ではありません。人の気持ちに乗って進んでいくと、いつの間にか流されてしまう、ということです。
「住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。」
-夏目漱石
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出典:『草枕』一
前の一節の直後に続く言葉です。住みにくさから逃げたくなるが、どこへ行っても同じだと悟ったとき、そこに詩や絵画、つまり芸術が生まれる、と漱石は続けます。
生きにくさは消せなくても、それを見つめる視点を変えることはできる。『草枕』は、画家の「余」が世の中から少し距離を置いて物事を眺めようとする旅を描いた小説です。
「恋は罪悪ですよ。解っていますか」
-夏目漱石
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出典:『こころ』上「先生と私」
主人公の「私」が慕う「先生」の言葉です。唐突に聞こえるこの言葉の意味は、物語の後半「先生と遺書」で、先生が若いころに友人のKと同じ女性を愛したいきさつが明かされて、ようやく見えてきます。
恋愛が人を幸せにするだけでなく、誰かを傷つけ、自分自身をも苦しめうることを、身をもって知った人の言葉です。
「自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」
-夏目漱石
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出典:『こころ』上十四
先生が「私」に語る言葉です。個人の自由と独立が重んじられる時代に生まれた代わりに、私たちはみな孤独という代償を払わなければならない、という意味です。
100年以上前に書かれた言葉ですが、人とつながる手段がどれほど増えても孤独を感じてしまう、現代の感覚にそのまま重なります。
「かつてはその人の膝の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。」
-夏目漱石
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出典:『こころ』上十四
前の言葉と同じ場面で、先生が語る言葉です。一度誰かを崇め、ひざまずいた記憶があるからこそ、人は後になってその相手を踏みつけたくなる。尊敬と軽蔑が紙一重であることを、先生は冷ややかに語っています。
「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」
-夏目漱石
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出典:『こころ』下四十一
もともとは、先生の親友Kが、房州を二人で旅行したときに先生に向かって言った言葉です。道を求めて禁欲的に生きるKにとって、これは自分自身を律する信条でもありました。
そのKがお嬢さんへの恋に迷い始めたとき、先生は同じ言葉をKに投げ返し、二度繰り返します。自分の恋を守るために、Kの信条を使ってKを追い詰める。この一言が物語の悲劇につながっていきます。名言として単独で引用されることの多い言葉ですが、物語の中では、人を傷つける刃として使われている点に注意したい言葉です。
「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気慨が出ました。」
-夏目漱石
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出典:講演『私の個人主義』
漱石が学習院の学生に向けて行った講演の一節です。漱石はイギリス留学中、西洋の学者の説をありがたがって借りてくるだけの自分に行き詰まり、深く悩みました。そこから抜け出すきっかけになったのが「自己本位」、つまり他人の評価の受け売りではなく、自分の頭で判断するという考え方でした。
ここでの自己本位は、わがままという意味ではありません。借り物ではない自分の立脚地を持つことで、欧米の権威にもおびえなくなった、という体験が語られています。
「私は多年の間懊悩した結果ようやく自分の鶴嘴をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです。」
-夏目漱石
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出典:講演『私の個人主義』(講演記録の本文では、この一文は「比喩で申すと、」に続きます)
長年悩み続けた末に、ようやく自分のつるはしが鉱脈に当たった、という比喩です。何をすればよいのか分からず、霧の中にいるような状態が長く続いたことを、漱石はこの講演で率直に語っています。
すぐに答えが見つからなくても、掘り続けた先で手応えに出会うことがある。進路や仕事に迷う人にとって、励みになる言葉です。
「自分の個性が発展できるような場所に尻を落ちつけべく、自分とぴたりと合った仕事を発見するまで邁進しなければ一生の不幸である」
-夏目漱石
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出典:講演『私の個人主義』(文の途中からの引用)
漱石は学生たちに、自分に合った仕事を見つけるまで、ひたすら進み続けるように説きました。自分に合わない場所で我慢を続けることは「一生の不幸」だとまで言い切っています。
自分の経験から出た言葉だからこそ、強い説得力があります。
「義務心を持っていない自由は本当の自由ではないと考えます。」
-夏目漱石
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出典:講演『私の個人主義』
自己本位や個性の発展を説いた漱石ですが、同じ講演の中で、自分の個性を尊重するなら他人の個性も尊重しなければならないこと、自由には義務が伴うことを繰り返し述べています。
自分らしく生きることと、好き勝手に生きることは違う。講演の後半で語られた、個人主義のもう一つの面です。
「ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です。」
-夏目漱石
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出典:芥川龍之介・久米正雄宛の手紙(大正5年8月21日)。原文の表記は「たゞ牛のやうに圖々しく進んで行くのが大事です。」
亡くなる約4か月前の漱石が、まだ20代だった芥川龍之介と久米正雄に送った手紙の一節です。この年、芥川は短編『鼻』を漱石に高く評価されていました。
才気にあふれる若い二人に、器用に立ち回るより、牛のようにのそのそと、しかし図太く進むことの大切さを伝えています。
「牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。」
-夏目漱石
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出典:芥川龍之介・久米正雄宛の手紙(大正5年8月24日)
3日前の手紙に続いて、漱石はもう一度「牛」の話を書き送りました。人は速く走る馬になりたがるが、ゆっくりでも重い荷を押して進む牛にはなかなかなれない、という意味です。
目立つ成果を早く出したいと焦るときに、思い出したい言葉です。
「あせっては不可せん。頭を悪くしては不可せん。根気づくでお出でなさい。」
-夏目漱石
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出典:同上(大正5年8月24日)。原文の表記は「あせつては不可せん。頭を惡くしては不可せん。根氣づくでお出でなさい。」
「不可せん」は「いけません」と読みます。焦ってはいけない、頭を悪くしてはいけない、根気よくやっていきなさい、という意味です。
師が弟子に語りかけるような、やわらかい口調のなかに、長く書き続けることの厳しさを知る人の実感がこもっています。
「世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えて呉れません。」
-夏目漱石
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出典:同上(大正5年8月24日)
一瞬のひらめきや才能の輝き(火花)は、人々の記憶にほんの一瞬しか残らない。けれど、根気よく続けてきた仕事には、世の中は最後には頭を下げる、という意味です。
才能が注目されやすい時代だからこそ、続けることの価値を信じさせてくれる言葉です。
「人間を押すのです。文士を押すのではありません。」
-夏目漱石
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出典:同上(大正5年8月24日)
牛になって何を押すのか、という問いに対する漱石自身の答えです。文壇での評価や作家仲間ではなく、人間そのものに向かって書け、ということでしょう。
仕事の評価を同業者の目ばかりに求めがちなときに、本当に届けたい相手は誰なのかを思い出させてくれる言葉です。
「月が綺麗ですね」は漱石の言葉なのか
夏目漱石の名言として、英語教師だった漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳すよう教えた、という話がよく紹介されます。しかし、漱石の小説や講演、書簡の中に、この訳を示した記録は確認されていません。
この逸話がいつから漱石と結びついたのかについては、昭和初期の書籍に見られる「いい月ですね」が「アイ・ラブ・ユウ」の訳になる、といった趣旨の文章などが、後に漱石の話として結びついていったのではないかとする検証もあります。いずれにしても出典のはっきりしない伝承なので、この記事では名言としては取り上げていません。
漱石の言葉として紹介されているものの中には、このように出典が確かめられないものも少なくありません。気になる言葉を見つけたら、作品名や書簡の日付まで確かめてみると、漱石の本当の声により近づくことができます。
出典・参考資料
『草枕』『こころ』『私の個人主義』の本文は青空文庫(新字新仮名)で照合しました。書簡は『漱石全集 第15巻 続書簡集』(岩波書店)を底本とする翻刻で照合し、名言ボックス内では読みやすさのため新字新仮名に改めた表記を併用しています(原文の表記は各名言の下に記載)。


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