ベートーヴェンの名言集|耳が聞こえなくなっても、運命に屈しなかった人の言葉

Emoquote-心に響く名言集




音楽家にとって、耳が聞こえなくなることほどつらいことはないでしょう。ベートーヴェンは、20代の終わりごろからその運命と向き合いながら、交響曲第9番をはじめとする作品を書き続けました。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827年)は、ドイツのボンに生まれ、ウィーンで活躍した作曲家です。彼の言葉として紹介されるものの中には出典のはっきりしないものも多いのですが、本人の手紙や、弟たちに宛てて書かれた「ハイリゲンシュタットの遺書」、楽譜への書き込みなどには、確かに本人が書いた言葉が残っています。

ここでは、そうした資料で確かめられる言葉を、書かれた年の順に紹介します。日本語はドイツ語の原文から筆者が訳したものです。

目次

ベートーヴェンの名言集

ベートーヴェンの名言

「運命の喉元につかみかかってやる。運命に打ちのめされることなど、決してない。」
-ベートーヴェン

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原文:Ich will dem Schicksal in den Rachen greifen, ganz niederbeugen soll es mich gewiß nicht.(出典:友人フランツ・ゲルハルト・ヴェーゲラー宛の手紙(1801年11月16日))

ボン時代からの友人で医師のヴェーゲラーに宛てた手紙の一節です。この年、ベートーヴェンは同じ友人に、数年前から耳が聞こえにくくなっていることを打ち明けていました。

直訳すると「運命の口の中に手を突っ込んでやる」という激しい表現です。病への不安を抱えながらも、運命と正面から闘おうとする31歳の決意が表れています。

ベートーヴェンの名言

「ああ、人生を千回生きられたら、どんなにすばらしいだろう。」
-ベートーヴェン

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原文:O es ist so schön das Leben tausendmal leben!(出典:ヴェーゲラー宛の手紙(1801年11月16日))

前の言葉のすぐ後に続く一文です。運命と闘う決意の直後に、人生の美しさへの愛情があふれ出ています。この手紙では、恋心を抱いている女性がいることも打ち明けていました。

苦しみの中にいても、生きることそのものへの喜びを失っていない。ベートーヴェンの音楽に通じる力強さが感じられる言葉です。

ベートーヴェンの名言

「ああ、私のことを、敵意に満ちた、強情な、人間嫌いの人間だと思っている人々よ。」
-ベートーヴェン

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原文:O ihr Menschen, die ihr mich für Feindseelig störisch oder Misantropisch haltet(原文のつづりは当時のもの)(出典:「ハイリゲンシュタットの遺書」(1802年10月6日))

1802年、療養のために滞在していたウィーン郊外のハイリゲンシュタットで、ベートーヴェンが二人の弟に宛てて書いた文書の書き出しです。結局送られることはなく、死後に遺品の中から見つかりました。

この後、あなたたちは私のことを誤解している、私がそう見えるのには隠された理由があるのだ、と続き、耳の病のために人付き合いを避けざるをえなかった苦しみが語られます。

ベートーヴェンの名言

「ただ芸術だけが、私を引き止めた。」
-ベートーヴェン

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原文:nur sie, die Kunst, sie hielt mich zurück(出典:「ハイリゲンシュタットの遺書」(1802年10月6日))

遺書の中で、ベートーヴェンは、絶望のあまり自ら命を絶つ寸前だったことを打ち明けています。そのとき自分を引き止めたのは芸術だけだった、自分の中にあるものをすべて生み出すまでは、この世を去ることはできないと思った、と書いています。

この遺書を書いた後、ベートーヴェンは交響曲第3番「英雄」などの大作を次々と生み出していきます。

ベートーヴェンの名言

「忍耐。今こそ、それを私の導き手に選ばなければならない。」
-ベートーヴェン

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原文:Geduld – so heisst es, sie muß ich nun zur Führerin wählen(出典:「ハイリゲンシュタットの遺書」(1802年10月6日))

耳の回復を望めない状況の中で、自分が頼るべきものは「忍耐」だと書いた言葉です。

劇的な決意ではなく、静かに耐え続けることを選ぶ。長く続く困難の中にいる人に、寄り添ってくれる言葉です。

ベートーヴェンの名言

「子どもたちには徳を勧めなさい。人を幸せにできるのは徳だけで、お金ではない。」
-ベートーヴェン

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原文:Empfehlt euren Kindern Tugend, sie nur allein kann glücklich machen, nicht Geld(出典:「ハイリゲンシュタットの遺書」(1802年10月6日))

弟たちへの遺言として書かれた一節です。ベートーヴェンは、自分を悲惨な状況から支えてくれたのも徳であり、自分が自ら命を絶たなかったのは、芸術とともに徳のおかげだった、と続けています。

ベートーヴェンの名言

「無限の精神を宿した有限の存在である私たちは、ただ苦しみと喜びのために生まれてきた。……最も優れた人々は、苦しみを通して喜びを得るのです。」
-ベートーヴェン

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原文:wir endliche mit dem unendlichen Geist sind nur zu leiden und Freuden gebohren … die Ausgezeichnetsten erhalten durch Leiden Freude(途中を省略)(出典:エルデーディ伯爵夫人宛の手紙(1815年9月19日))

親しかったエルデーディ伯爵夫人に宛てた手紙の一節です。夫人も病気などの苦しみを抱えていました。

日本では「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」という言葉が、ベートーヴェンの名言としてよく知られています。これは、この手紙の「durch Leiden Freude(苦しみを通して喜びへ)」という部分が、フランスの作家ロマン・ロランの伝記などを通じて紹介され、広まったものと考えられます。原文は命令形ではなく、苦しみを経て喜びを得る人々について静かに語る言葉です。

ベートーヴェンの名言

「心より出でて、願わくは再び、心へと至らんことを。」
-ベートーヴェン

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原文:Von Herzen – Möge es wieder – Zu Herzen gehn!(出典:《ミサ・ソレムニス》自筆譜への書き込み(1823年完成の作品))

晩年の大作《ミサ・ソレムニス》の自筆譜に、ベートーヴェンが書き込んだ言葉です。「心から(生まれたこの音楽が)、再び(聴く人の)心へと届きますように」という願いが込められています。

作り手の心から生まれたものが、受け取る人の心に届く。音楽に限らず、何かを作って誰かに届けようとするすべての人に通じる言葉です。

ベートーヴェンの名言

「そうでなければならないのか? そうでなければならない!」
-ベートーヴェン

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原文:Muß es sein? Es muß sein!(出典:弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 作品135 終楽章(1826年))

晩年に書かれた弦楽四重奏曲の終楽章で、楽譜に書き込まれた言葉です。重々しい序奏の旋律に「そうでなければならないのか?」、それに答える快活な主題に「そうでなければならない!」という言葉が添えられ、楽章全体には「ようやくついた決心」という題が付けられています。

この言葉の由来については、知人とのお金のやりとりをめぐる冗談から生まれたという話も伝わっていますが、真意については諸説あります。迷いの末に「こうするしかない」と腹をくくる瞬間の言葉として、今も多くの人に引用されています。

ベートーヴェンの名言

「私たちはみな間違える。ただ、それぞれが違ったふうに間違えるだけだ。」
-ベートーヴェン

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原文:Wir irren allesamt, nur jeder irret anders.(出典:カノン WoO 198(1826年12月ごろ、カール・ホルツ宛の手紙に添えたもの))

晩年のベートーヴェンが、身の回りの世話をしていたヴァイオリニストのカール・ホルツに宛てた手紙に添えた、短い歌(カノン)の歌詞です。

誰もが間違える存在であり、違うのは間違え方だけ。他人の失敗を責めたくなったとき、自分の失敗に落ち込んだとき、どちらにも効く、ユーモアのある言葉です。

ベートーヴェンの名言

「ほかの人々よりも神に近づくこと。それ以上に高いものはない。」
-ベートーヴェン

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原文:höheres gibt es nichts, als der Gottheit sich mehr als andere Menschen nähern(出典:ルドルフ大公宛の手紙(1821年7月または8月))

弟子であり、最大の後援者でもあったルドルフ大公に宛てた手紙の一節です。ベートーヴェンにとって音楽は、単なる娯楽ではなく、人間を超えたものに近づくための営みでもありました。晩年の宗教的な大作《ミサ・ソレムニス》は、このルドルフ大公に献呈されています。

「運命はこのように扉をたたく」は本当にベートーヴェンの言葉か

交響曲第5番の冒頭について、ベートーヴェンが「運命はこのように扉をたたく」と語ったという話は、日本でこの曲が「運命」と呼ばれる理由として広く知られています。しかしこの話は、晩年のベートーヴェンの秘書を務めたアントン・シンドラーが伝えたものです。

シンドラーは、ベートーヴェンが筆談に使っていた会話帳に、後から書き込みを加えていたことが明らかになっており、彼の伝えた逸話には慎重な見方がされています。そのため、この言葉を本人の言葉として確かめることは難しく、この記事では名言としては取り上げていません。

同じように、「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」も、本人の手紙の言葉そのものではなく、日本で広まった意訳です。ベートーヴェンの言葉を引用するときは、手紙や遺書など、元の資料にたどれるものかどうかを確かめてみると、その言葉の重みがより深く伝わってきます。

出典・参考資料

手紙の文言は、ベートーヴェン・ハウス・ボンの資料、国立国会図書館のレファレンス協同データベース(ブランデンブルク編『書簡全集』などを典拠とする回答)などで確認しました。「ハイリゲンシュタットの遺書」は1802年10月6日付(10月10日に追記)で、現在はハンブルク大学の図書館に所蔵されています。日本語はドイツ語の原文から筆者が訳しました。

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